Yasuo's Notebook

ソフトウェア開発の話題が中心の備忘録です。

「納品をなくせばうまくいく」を読みました

倉貫さんのAmazon.co.jp: 「納品」をなくせばうまくいく ソフトウェア業界の“常識"を変えるビジネスモデル: 倉貫 義人: 本を読みました。
迷いのない明瞭な語り口で倉貫さんが作り上げてきたビジネスモデルである納品のない受託開発 - SonicGarden 株式会社ソニックガーデンについて語られています。以前から倉貫さんとはアジャイルコミュニティでお付き合いさせていただいていることもあって、倉貫さんの声が聞こえてくるような感覚でした。
初めて倉貫さんにお会いしたのは2006年のワッハ上方で行われたXP祭り関西だったと記憶しています。そのころ、倉貫さんは大手SIerにおられて、エンタープライズでのアジャイルについて発信されていました。この頃、苦労されたことが今の「納品のない受託開発」に繋がっていることが垣間見られました。そして、2010年にXP祭り関西に再び倉貫さんに来ていただいて話していただいたのが「XPの10年を振り返る」XP祭り関西2010(倉貫)です。このスライドを今見てみると、この書籍で語られていることの主要な部分が既に触れられています。
以前から、たびたび聞かせていただいていた「納品のない受託開発」ですが今回書籍を読んで私なりにこのビジネスモデルについて考えてみました。

書籍の中では一括請負のビジネスモデルと「納品のない受託開発」の比較が随所にされています。
まず、人材派遣について考えてみます。(青が正の作用、赤が負の作用)

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これはあきらかに、スキルが低い方が売り上げも収益も高くなります。ただし、顧客満足度はスキルが低いと低くなるので、持続性がなく、このままでは売り上げも収益も減少してしまうでしょう。ただ、危機感は高まりにくく、エンジニアのスキルのための投資は行われにくいように思います。

次は一括請負です。

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これは少々複雑になりました。スキルが高いエンジニアの方が効率が高く品質も高いため、収益面でも顧客満足度の面でもエンジニアのスキルを高める投資をした方が良いという方向性になりやすいと思います。
私は、書籍で書かれているよりもこの感覚に近く、一括請負というビジネスモデルではエンジニアのスキルは重要視される傾向にあるという組織も多いのではないかと感じています。
ただし、見積もりに関しては指摘されている通り、スキルの低いエンジニアを基準にした方が高くなり売り上げも上がります。大きい売り上げで少ない工数で仕上げると利益になる一方で、見積もりが高すぎると競争力がなくなるため、このバランスを取る経営になると考えられます。

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納品のない受託開発はとてもシンプルです。
スキルが高いほど、効率、品質が上がり、それはそのまま契約数の増加に繋がります。契約数が増えると収益が上がり、エンジニアが評価され、スキルアップのモチベーションが高まります。
このループはシンプルに強化されていく構図がとても重要に思えました。

一括請負でも経営としてエンジニアのスキルは重視されると書きましたが、「納品のない受託開発」との最大の違いは、エンジニアの自分自身への肯定感なのかもしれません。
従来のプロジェクトには、様々なスキルのエンジニアが存在しているため、自分のスキルの発揮がプロジェクトの成功に繋がりにくいです。ましてや顧客の事業への貢献はもっと実感しにくいでしょう。
うまく行かないプロジェクトの兆候はスキルが高い人が誰よりも敏感であるため、悪い行き先が分かっているのに、流れを変えれないという無力感を感じることも多いと思います。
それに対して、「納品のない受託開発」では、自分の実力を発揮することが、顧客への事業の貢献に繋がり、結果として会社にも貢献することを実感するため、エンジニアが自分自身の価値を肯定できるのではないかと思いました。
ただし、倉貫さんが書かれている通り「エンジニアの楽園」なのではなく、実際に実力を発揮して、顧客とともに事業を作っていける人材である必要があります。これにはTIPSと表現されているように技術面、マインド面の両方を求められます。ビジネスを無理に拡大して、人材を増やしてしまい、結果としてループの強化を損なうよりは、この小さな強化のループをギルドという形でたくさん作っていく方が理にかなっているのだと思いました。

この書籍は、「自分は経営者じゃないし」「自分の会社のビジネスでは無理」という理由で読まないのはもったいないです。倉貫さんはかつて私たちと同じ境遇でした。そこから向かうべき方向性を考え抜いて、一つ一つの制約と向き合ってきた結果がこの書籍に書かれていることなのです。それを意識して読むと、自分自身の抱えている変えれないと思っている制約のいくつかは、変えることができることに気付くでしょう。私も今回、自分のできることは何かをもう一度、考えるキッカケになりました。